ジョイントシステムに関する研究 ー甚五郎國政の指物ー(1)

デザイン学研究 No.30 : 日本デザイン学会 1979

ジョイントシステムに関する研究 ー甚五郎國政の指物ー(1)
A Study on The Joint-System – Joinery Design of Jingorō Kunimasa – (1)

阿部蔵之 Abe Kurayuki
AQデザイン研究開発事務所

 

1. はじめに

一般に空間構成やプロダクトデザインにおいて、ジョイント機構は要素部品・素材間の結合組立・構造機能及び意匠全体を統合しており重要な基幹部位を形成している。また、加工技術の方式やその構造体の性能・質的水準等も包括されており、新しい形態の創造やメカニズムの考案を具現する際に、物理的な属性・構法を特徴づける基本決定因子となることが多い。

2. 研究の目的

ジョイントに関する総合的且つ体系的な把握を行うためには、まず既存の手法・技術を検索し、実際の事例・史的変遷を明らかにしなければならない。本研究では、最も歴史的伝統の長い木工技術の中で枘・組手・継手等のジョイントが主要作業をしめる「指物」について調査研究するものである。しかし、今日では熟練した技能を有し、正確な知識内容を継承している人が少なくなり、過去の文献資料もあいまいで杜撰な記述が多く、十分に究明されていない。
累代の指物師が心技・研鑽をつくして築き上げた各種技法には、合理性のある造形の優れたものがあり、工匠たちの刻削の結晶を解析・精査することにより新しい高次のジョイントシステムのデザイン開発につながる可能性がある。

3. 体系の発見と概要

指物には意匠・工作法の他に、材料管理や治工具の製作が含まれ、各流派によって手法や形式が異なるとされている。その類型の詳細を克明に網羅するための踏査中に、左甚五郎の真系か技系かは定かではないが、流れをくむ秘技として一子相伝されてきた國政流という指物技術の系譜が実在することが判明した。この流派は、現在では13代目にあたり、五代菊五郎が演じた歌舞伎狂言「名人長次」のモデルになった11代指政、通称二丁町の親方と呼ばれた12代指祥(1884〜1945)及び13代指明(1911〜現存)まで三代は確認できたが、その先は不明である。一代の親方の自立生業期間や後継者への皆伝を25年単位と仮定し遡ると、初代國政は江戸初期慶長年間の人と類推できる。本稿では、時代考証の前に、門外秘伝とされてきた技の全容を解明するため組手を再現・収録するとともに意匠や構造特性について考察を試みた。

4. 考察と結果

甚五郎國政流の最大の特徴は、釘を用いない変形枘と逆枘という一連(36通り)のバリエーション展開にある。通常、枘は一方向へ差し込まれるが、逆枘は、組手両側面へ相対称に逆反転(inverse setting)した形状が表われ、組上げた後は外せないロック機構を備えた位相構造(Topology)体となっている。非常に練達した極微の精度が要求される。形態は、感覚的にも洗練されて装飾性に富み繊美なほどであるが、組上りは、強固な耐久度を発揮するという二つの相反する造形要素を見事に調和させている。古来からの儀矩に則っており、作業手順・道具に一定の規範や整然とした「型」が認められた。更に、基本原形から高度の応用展開まではっきりした形制がり、要素間に一貫した連続的な関係・内的斉合性を有する技術体系を構築している。この多彩な組手群は、身近な自然の事物を形象化した想起しやすい簡易な呼称・表現で用途・品格・工手間・木目・寸法に応じて仕様が選択される。この完成度の高い精巧なジョイントシステムは、木の国・木の家具・木の文化を支えてきた木工技術体系・様式としてデザイン・技術史上に位置づけられるであろう。

図ー1 國政流 変形枘・逆枘の系譜