ジョイントシステムに関する研究 ー甚五郎國政の指物ー(3)

デザイン学研究 No.35 別刷 日本デザイン学会研究発表 1981年10月
BULLETIN OF JAPANESE SOCIETY FOR SIENCE OF DESIGN NO. 35 October. 1981

ジョイントシステムに関する研究 ー甚五郎國政の指物ー(3)
A Study on The Joint-System –Joinery Design of Jingorō Kunimasa–(3)

阿部蔵之 Abe Kurayuki
AQデザイン研究開発事務所

 

1. 研究の目的と方法

第一報及び第二報では、國政流変形枘と逆枘の系譜・類形と形象・デザイン手法等について報告した。「木のジョイント」は、我国固有の長い歴史・文化的伝統をもち生産技術が安定していて持続性があり、構造機能と形態の関係が単純で造形上の基本原形から高度の応用展開へ至る過程・経時変化をとらえることができる。更に同一素材で小物から建築・架構物まで多種多元のDimensional rangeを包括している。本稿では、構造特性・作業方法・工具など細部の技術的様相について概要を報告する。

2. 考察と結果

〔2-3〕「楔」と「契」・仕楔

指物は枘組が主要作業である。組手・継手の他に部材相互を結合させ居所を表わす「契」と構造体を意味する「楔」の形状の差異や微妙な語彙の使いわけがあり、ジョイント部位全体を工作することを「仕楔」1)と呼ぶ。しかし明治以後の出版物では、あて字の「仕口」・「千切り」となり原意が失われている。

〔2-4〕逆枘の構造特性・交差接合

通常、組手は枘を枘穴へ一方向に差し込むが、逆枘は図−2のように交互に少しづつ摺動しながら枘先がベクトル軌跡をえがいて交差接合体となる。枘形の勾配・傾斜度が強まるにつれて接合面積は増大するが、同時に切削量も大きくなるためジョイント強度比は一様ではない。

〔2-5〕「ハナ付」集成工法について

この流派の技法を最も特徴づけている構造的要素のひとつに「ハナ付」2)と「下駄を履かせる」と呼ばれる集成材工法がある。長手・横手の木口に黒柿や桑の薄板を膠付け3)し組上り後に表出する枘形を際立たせるとともに、枘先の収縮・

図−1.逆枘「小菊の逆」の接合過程
図−2.変形枘と逆枘の接合方位
図−3.「菊の逆」の仕楔詳細

挽き崩れ破損を抑える効果がある。枘勾配が大きくなるにしたがい板材の繊維方向との対角が拡がり、菊枘で最大(約55°)となる。図−3のように菊の逆の場合、さらに枘裏を斜交45°の複角に切りこみ先端が鋭い「剣先」状となり木材組織が破断されるため、この横木練り付木口処理が必要不可欠である。また、縦目・木口面の墨かけに比べ鋸刃が板目から入り切削性もよい。ハナ付〔図−4〕は、板厚が足りない場合には板裏にトモ木もしくは同質材を接着し「下駄を履かせる」。この二つの集成技法は、良材が枯渇して材料上の制約が生じた時代に開発されたもので複雑な木理や目切れ材にも適用でき、装飾性と構造強度をたくみに統合した工法である。

〔2-6〕作業条件及び作業姿勢について

指物師の基本作業姿勢は床面・平座位である挽き込み時には立位をとる。とくに逆枘の場合には、枘勾配にあわせて体幹を屈曲させねばならない。第5図は、挽き込み・組上げ作業姿勢と動作域であるが、木口面の傾斜に枘裏の勾配がついて更に鋸身を寝かせた角度をとるため姿勢制御・体型が非常に難しい。変形枘・逆枘は木部の切り欠きが大きく切削中に空気中の水分で変動し枘割れ・狂いの原因となる。枘挽きから組固めまでは日没までに工程を終了させねばならず、雨期・寒期をさける。組上げは、平座で部材を足指で支持し、枘先の嵌合状態を調節しながら敏速に行われるが、立位では被工作物を固定する治具を使用するため手順が遅延し間に合わない。練達した全身の動作・体位により具現しうる高度の技法精度であろう。

〔2-7〕治工具・刃物について

精密な細工をするため材質・構造に応じた工具を調整するが特殊なものは少ない。枘挽き・銅付鋸、ベタ裏・鎬鏧、打ち抜き、罫型等切削・加工条件によって形状が異なるため種類が多く刃形・研磨に独自の工夫をこらしている。
ジョイントの意匠と構造及び作業条件・工程には密接な関連性があり、技法がデザインを支えていると言っても過言ではない。木工ジョイントとして極限にまで高揚されたフォルムは、「枘」という概念を超え彫刻に近似している。

図−4.「ハナ付」と「下駄を履かせる」
図−5.作業姿勢と動作域

 

注:1)「楔〔セチケチ〕は門の両傍の木柱で傾きをかたく支える重要なもの」「契り(ちぎり)は門柱と扉とを結合させる意」と伝承されている。異形同文で使用目的が類似しているところから混同されやすい。仕楔は木口加工が多く、転訛して「仕口」となった。
2)ハナ付:または先付け。板の木口先端部。即ち「端」が正字と思われるが化粧兼用から花付けとも書く。
3)膠は木口接着性がよいが初期硬化が早いため組上げには「そくい」と用いる。米飯を寝る意から接着を練り物・練り付という。
4)鋸は、材質(硬軟)に応じて鋸身・刃角度・目数を変える。胴付き鋸(27〜30目/付)目立鑢はケシ・小挽切を使用。