「木」と教育「木」の高等専門校木の総合学

卒業したら学校おさらばではない「森林系大学」への世紀末アプローチ|「木の総合学域」を取り込む高等専門校の設立準備提案 1996 |岐阜県立森林文化アカデミー実現過程の記録| 「木と教育」「木と政治」−1

阿部蔵之|木とジョイントの専門家

卒業後は〈学校よオサラバ♬〉ではなく、特別講義には遠来の有能なスペシャリストに顔をつなぎ、就業した現場から継続して先達キャリアにコンタクトできる。先端テクノロジーを取り入れ、スキルアップし技能を伝習するとともに、仕事情報の交差点であり続けることを意図して存続する…汗を流すバリバリの学窓が望ましい。

林業衰退が加速される時代に、若手が所得を十分に得られて魅力を感じる仕事つくりと地域で活躍する実践的な伝承の塲を設ける事がさし迫りました。指導教職は、学歴や研究論文の成績を尊重したり既往の組織人ではなく、引用し造り変え整えた教科よりも現場で使いものになる技能と独自の識見をもつ「インデペンデント、ネイティブ、プロフェッショナル」が相応しいと考えます。森林樹木の姿を読み取り、木を伐り、木材を削る仕事は、実際の現場で覚え鍛えられていきます。

 本稿は、小職が岐阜県林政部政策推進のインキュベーターとして参画した業務記録ですが、提唱してきた「木の総合学域」を取り込む高等専門職の育成校設立のための基本コンセプトをまとめたものです。専門性を高め、プロの仕事を拡げ充実させるとともに、魅力に溢れる現場で活躍できるスタッフを育成する先導的な役割を果たすことを強く意識しています。

 以下は、1986年から2001年までの記録ですが、修正や編集されてない元資料を含みます。大部分は印刷物で開示され、提案した基本コンセプトや準備段階での制作物、関連資料をあわせて記載します。

1.「岐阜県林政部木の国大学」プロジェクトの準備・実施記録(森林文化大学校構想の端緒)

木とデザイン・Gifu Woody Map1986、木と健康、木と産業、木と住まい、木と未来資源

2. 関連した地域振興支援事業例

3. 「森林文化大学校」設立基本構想の提案と準備段階の策定案

4. 引き継がれて仰天した「森林アカデミー」 2001年開校ガイド

5. 職人の技能伝習、職業訓練の歴史_はじめの「仕事場指導」から「徒弟・職工訓練」工業専門學校・ 職業訓練校・技能専修校へ

6. 関連資料「林業書・木材加工・学制教科に関する総合年譜 」

 

森林文化大学校開設への構想立ち上げとアプローチ

岐阜県林政部「木の国大学」講演・シンポジウムの開催 進行司会 とレジメ・ガイダンス 1986 – 1990

このダイアグラムは、「木と人間のかかわり」のイメージと属性を研究領域としてプロットしたものです。樹木界がベースで人が立脚しています。樹体ボデイには全ての要素項目を位置づけ、主なカテゴリーを枝葉で表現しました。構成要素は、規範となる教科編成やカテゴリーを見出すことに繋がります。

「木とデザイン」「木と健康」「木と産業」「木と住まい」は、既存の専門領域から様々な木の事象を抽出し、全体知と関連性が見えるように「総合学域」をまとめたものです。1985年 – 1990年作成
社会、生活文化、教育、産業、経済、資源、環境の全体イメージを知るために、さらに「木と教育」「木と政治」「木とアートクラフト」、「木と道具」、「木と薬理・医療」についてケーススタディを続けています。

①「木とデザイン」1986 飛騨高山講演  Gifu Woody Map1986 デザイン制作配布  飛騨未来フェスタ110 関連催事 ②「木と健康」1987 恵那市/ぎふ ECウイーク駐日EC委員会代表部併催 ③「木と産業」1988 美並村 ④「木と住まい」1989  海津村 ⑤「木と未来資源」1990 岐阜市

 

岐阜県森林大学校設立準備に関連した岐阜県林政部県産材利用促進、地域活性化事業(担当:林政部三島喜八郎)

・地域森林組合の行政支援プロジェクト

 1989年 県産材振興策による伝統産業技術再活性化・雇用促進事業の支援 「上之保大工大学」 大工術の伝習と後継者の育成(大工技能伝承岐阜県条例)

「林業新知識」1990年1月号 全国林業普及協会

 1993 -1995  グリーンパイロット森林愛護隊制度スタート 森林ガイドの育成 の運営協力(小職はパイロットマークデザインを担当)   加子母村、丹生川村森林組合業務振興のための未来デザインレクチャー

■「森林文化大学校設立構想について」1996年6月検討資料 木の総合学研究所 阿部蔵之

内容

・リニューアルアクションプログラムのための検討事項

・教科目構成と職能について

・21世紀からの次世代森林系大学イメージ

・教科系について

・学科リニューアルの現在的意味と波及効果

・カレッジアイデンティフィケーション CI

 因みに、この基本構想策定の背景には、気鋭の担当職の自発的な研修体験や相互交流もしっかり活かされています。木の大学講座に自費参加で受講した林野庁・岐阜県・富山県メンバーは、職務に総合学的は視点を取り込み、微細な事案や施策に活かしてきたことが後年の多くの事案を適切に対処し、ソリューションを導きだすことになりました。

第1期 2期 参加の加藤鐡夫氏は、販売推進室から林野庁トップに、第2期-10期参加の三島喜八郎氏は。岐阜県林政部林務課から、林政部長、農山村振興局長を歴任。お二人は、林業政策に総合学域の視点を取り入れ林務専門職のイメージと方向指針を動かしました。1986年から続けている「木の大学講座」の講義科目が、受講メンバーの職務に反映されはじめたことも強く記憶に残ります。

■ I.森林文化大学校 基本構想1996  (成案:岐阜県林政部三島喜八郎 作成:森林文化大学校担当 主任技師 荻巣雅俊)

基本理念と目的 分野別・人づくり・施設づくりの特徴

Ⅱ.森林文化大学校機能の基本的考え方

専修教育方針  教育体系 カリキュラムの内容と編成 技術研修制度

Ⅲ. 県民森林講座

Ⅳ. 森林文化大学校の概要

Ⅴ.カリキュラムの内容

Ⅵ. 取得資格 他

さまざまな課題を抱える「林業短期大学校」をアップデートする手立てとして、1986年から連続5年間の「岐阜県林政部木の国大学」連続講演とシンポジュームを開催することにより、テーマ毎に各分野の専門職を招請するとともに、平行して周縁産業のリサーチを行い、木の産業の望ましいイメージや具体的な方策を見出すために広範囲の現業資料収集を進めました。

統計や調査では見えない部分を読み取り、現場のリアルな様子を直接知ることの重要性にも気がつきました。

■「森林文化大学校(仮称)」が突如「森林文化アカデミー」に。職業訓練スクールの仰天ネーミング

 1996年6月8日、木の総合学研究所にて三島喜八郎・荻巣雅俊、及び小職は森林文化大学校のカリキュラム具体案の検討を行いました。ビオトープ科目が入るのは、県内に有力な植木苗木業界の職塲があるためです。

この日から、最も重要な人選の検討段階に入り、開校準備作業も進捗していましたが、三島が林政部長職になり新課長に替わると「教員は、マスコミや学会で有名な人物、権威でないと生徒が集まらない」と逆噴射。担当していた荻巣雅俊は移動させられ、担当業務を外されてしまいました。

地域密着、現場重視、既存指導要綱等からの脱却という本来の基本方針は放り出され、ポピュラーな受けをねらう無難な方向へ転換されたのです。前稿でご紹介したベテラン枝打ち職山本總助の現場教授イメージが消えません。

 ずぶの素人に森林作業訓練をする基礎履修課程が「アカデミー」は、好感度バツグン。内容はよく知らないけれど、格好いい、なにか高度な専門を身につけられそうなイメージがあり、時代のニーズにもあう将来性もあり、環境やデザイン分野の科目が並び、技能修得履歴にも役立ちそう。

とても魅力的に映るネーミングです。内実はよく分からないけれど、将来性や何か上質の職業につけそうなネーミングだと応募生徒の人気を集め、学校運営滑り出しは上手くいきます。数年後、満足度がたかく好評なため、過日訪問した時に「木工芸術スクール」に変わった高山職業訓練校は「アカデミーシリーズ」にする意向と伺いました。

「アカデミー」は、世界で最高レベルの頭脳やクリエイティブな才能を評価する指導的で権威のある組織を意味します。

①科学アカデミー The Academy of Sciences 頭脳 卓越した知性 高度な学識をもつ指導的な人物の参集

② アカデミー賞 Academy awards  映像・演劇分野の最も優れた創作で、世界的に貢献した作品がノミネートされ選出する。最高の演技力や創作力、影響力が大きく高度な興業実績を上げた作品を顕彰。

③ワガノワ・バレエ・アカデミー Vaganova Ballet Academy 優秀な才能を指導するバレリーナ育成名門校 養成専門校で修練して経験を積んだ生徒のなかから選別。

④日本料理アカデミー    Japanese Culinary Academy. 正統・屈指の料理技術を持ち世界先端のシェフとの交流や地域に根ざした食育活動を行うNPO法人

1993年、設立準備協力作業は沙汰止みになり、2001年開校にいたりました。自治体の運営する職業専門校が「アカデミー」となるという、前代未聞のストーリーアップ。天と地の違い。手遅れですが大丈夫でしょうか?

お膳立てしてきたものを卓袱台に並べ揃えた後に、アルミパイプ脚をつけることになりました。

■ 職人の技能伝習、職業訓練の歴史_はじめの「仕事場指導」から「徒弟・職工訓練教育」工業専門學校・職業訓練校・技能専修校へ

指物師「指吉」伊藤吉之助(1883年 明治16年生まれ)の先駆的な仕事場教育

 祖父は、指物から製図器具、定規、測量器具、計装保存箱製作へと発展した精密木工職でした。都内随一の卓越技能と發明家的資質で上級手工業製品を手がけました。明治後期に入ると製図用具の内製から、測量器具・精密機器計装木箱の製作に発展。仕事の拡がりは製造力を高めることと同時に、技能の指導移転も迫ります。

 手許職人を毎月一日仕事を休み、教えながら会食する「職塲教育」をはかり、技能の伝習を続けました。お昼には鰻丼をとり労い、目盛りつけ下請け職人が八名いたそうです。納める品物の品質安定が最も重要でしたから、バラツキを無くすために技術の共有を考え、制作技能指導を始めました。技術が真似されて注文が絶えることが多い時代でしたから、工夫した専用の道具や型は門外不出。同業他社には見せないものが残っています。

 製図定規や測量器具、光学機器計装箱などは、厳しい規格の完璧な手仕事が要求されます。仕事場では技術指導と私生活の多事万端の面倒をみていた時代。伊藤木工所は、麻布六本木交差点の坂を下る途中にありました。(東京市麻布區北日ヶ窪町)

■総年譜

農事林業、木材加工、専門教科・学制、技能伝承、産業教育、出版物に関する総年譜(未完)

 江戸期藩政時代には、農事林業に関する記録文書、指南書・雛形本、暦・歳時記、民間伝承記録・民俗資料などが多くあります。明治後期には、国策で産業の工業化が推進され、技能訓練に関する専門書、教本が多数刊行されるようになりました。工業系の大学の創設は職工技能養成からはじまり、現在の工学部になりました。系統ルーツを辿ることが次世代の発展に繋がります。尚、教育界の動きや原書等の内容は、確認して順次補足します。このサイトでは全て自前で購入し、現物を取得して掲載しています。

辞典類

●1596年 慶長元年「本草綱目」翻刻明朝時代の薬学書 李時珍作(1518年 – 1593年)

●1709年 宝永7年「大和本草」生物学・農学書  貝原益軒編纂

●1713年 正徳三年「和漢三才圖會」寺島良安編巻第八十一 家宅類 第八十二 香木類 第八十三 喬木類 第八十四 灌木類 第八十五 寓木類 賦・苞木類 第八十六果部 五果類 第八十七 香木類   第八十八夷果類 第八十九 味果類

●1912年 明治45年「木材ノ工藝的利用」 農商務省山林局編纂・刊行される。(木材工藝及び工業製品の伝統技術をまとめた全国産業調査記録)

山林書 山林記 山林録

●1842年 天保13年ー1855年 安政5年 「山林雑記」盛岡藩_栗谷川仁右衛門詳述 (日本農書全集 農山漁村文化協会刊1995)

●1849年 嘉永2年「太山の佐知」興野家文書 造林技術の論述 下野黒羽藩 興野隆雄著 (日本農書全集 農山漁村文化協会刊1995)

細工論 木工書

● 1899年 明治32年 「普通 木工術」文部省専門學務局発行 編纂を委託し初めての官制手工業技能書。工業學校・徒弟學校の低度工業學校實業教育教科

東京工業學校所属工業教員養成のための教科本となる。大工職と指物師が解説し執筆(大工術:今村彌兵衛 指物術:田代貢 矢部吉兩)。現場で使う具体的な伝習技能をまとめ、指導できる基礎教本に編纂したもの。

● 1912年 明治45年「木材ノ工藝的利用」 農商務省山林局編纂・刊行される。(木材工藝及び工業製品の伝統技術をまとめた全国産業調査記録)

●1919年 明治43年 「細工論 木通蔓細工實習 制作法」 長野縣立上伊那甲種農學校発行

●1937年 昭和12年「木型制作法」鐵道省新小岩工場 / 大宮工場     掘  謙作 ・杢子潤二郎 共著 発行:合資会社共立社

学術・学校教科・学制に関するもの

 ・1870年 明治3年  最初の林學留学者松野石礀がドイツへ渡った。

・1873年 明治6年  東京虎ノ門工學寮(後の工部大學)が設立され建築學を講じた。

・明治12年 建築學を納めた辰野金吾、片山東熊、曾根達藏らが第1回卒業生として建築界に出た。

・1880年 明治13年  材木問屋太田徳九朗および林學數氏で山林學共會を深川に設立し會員が集って山林に関する學理と實驗を行うこととした。

・1881年 明治14年  櫻井勉、深井寬、中野武營、緒方道平、曾根静雄、山下常名、杉山榮藏によって林學協會が設立され、雑誌林學協會集誌の月刊がはじまった。 山林學共會から中外木材新報という雑誌が刊行された。

 東京職工學校が浅草蔵前に設立開校される。工藝美術技能養成課程を拡充し、明治34年東京高等工業學校、昭和4年学制改正により東京工業大学に格上げされる。

(以後、東京美術学校、東京高等工藝学校を経て、木材工藝・建築科、図案科、工業意匠・工業デザインへと科目が変わり、系統を引き継ぐ学校へ受け継がれる。)

・1886年 明治19年  東京山林學校を農商務省の直轄の林務官吏の養成所とするため癈校し、その設備の一部を駒場農學校に移して東京農林学校として開校した。

・1890年 明治23年 東京農林學校が東京帝国大學農科大學と改まった。

・ 1898年 明治31年 林友會が設立された。農林學校林學部卒業者によって組織されたが、後にはこの系統をつぎ東京帝国大學農科大學林學實科卒業生を會員とした。

・1890年 明治23年 札幌農學校に森林科が設けられたがこの年第1回卒業生を出した。

●1901年 明治34年 木曾山林學校が開校した。 我が国で始めての中等林業學校である。(108年の歴史を刻み、林業科、インテリア科を廃止し2009年 平成21年  木曽山林高等学校閉校。)ついで新縣立加茂農學校、愛知縣立安城農林學校、大分縣立日田農林學校など引續いた開校された。

・1906年 明治39年 農商務省は闊葉樹利用試驗のため工場建設の目的で獨逸キルヒネル社へ各種木材機械を注文た。同時に營林技師佐藤鋠五郎を木材工藝研究のためにドイツ、オーストリア兩国へ派遣した。

・1907年 明治40年 札幌農學校を東北帝国大學農科大學と改稱した。林學科は43年より授業を開始することなった。

   東京府小石川に東京工科學校設立 甲種工業學校 昭和23年駒場移転後、東京工業高等学校(現在の日本工業大学附属校)

・1918年 大正7年 札幌に帝国大學をおき北海道帝国大學と稱し、農科を北海道帝国大学農科大學と稱した。

・1919年 大正8年   大學令によって東京帝国大學農科大學を改めて東京帝国大学農學部とした。

● 1921年 大正10年 東京高等工業學校の産業工藝、工業図案科を再興して 芝浦に東京高等工藝學校を開校する。1945年アメリカ軍爆撃空襲により、千葉県松戸へ移転。敗戦後の学制改革で新制総合大学として国立千葉大学工業短期大学部、工学部へ改組され、世紀末まで木材工藝科_建築学科、工業意匠科、印刷工学、写真工学、化学・機械工学科目を編成。「木材」研究関連学科も全て無くなり、現在の学科名称は大きく変わりました。

・1922年 大正11年 林業試驗場官制發布、山林局林業試験場を林業試驗場と改めた。

・1944年 昭和19年 官制が公布され京都帝国大学に木材研究所が陸軍宇治兵器廠内に附置となる。木材化学・セルロースの研究を行う。

・1961年 昭和36年 京都大学工学部付属電離層研究施設として発足。1991年 平成3年木質科学研究所に改称

・ 2004年 平成16年  京都大学生存圏研究所を設立(旧・木質科学研究所と旧・宙空電波科学研究センターが結合再編され木材研究所が無くなる。)

●1985年 昭和60年  日本デザイン学会春季大会家具木工部会主催 「木」と人間のかかわり展 新宿京王プラザホテルにて開催  「木」の事象をデザインから総合的に考究するはじまり(小職は、企画運営メンバーとして活動し総会司会をおこない、デザイン学研究に事業報告を執筆)

●1986年 昭和61年 木の総合学研究のため「木の大学講座」を筑波豊里町万博カナダ館スタッフ宿舎棟アカマツでスタート。多くの専門職による講義教科目を編成、講座を実施して現在に至る。

●2000年 平成12年 自治体林政部門の施策の整合や一体性を重視するともに、俯瞰する手法として「木の総合学域」を取り込むための専門職研修を行う。(岐阜県農山村振興局幹部職員研修を小職が担当)

産業技術や経済の変化とともに技能教育がドンドン変わります。中部・関西圏の私学や訓練校の資料は入手しにくく、記載は少ないので、継続して追補します。

引用文献:「・」中黒記事は「木材工業史話」総年譜  宮原省久著  昭和25年12月 林材新聞社出版局

 

自然の生物素材の見えない力や恩恵を明らかにし、さらに高度なプロの知見と技能を相伝できる塲を求めて

 現在では技能の養成だけではなく、産業・経済・文化的な領域・先端テクノロジーまでを「木の総合学域」として取り込む森林系高等専門校の設立が他の地域でも必要になってきています。若いものが実践力を身につけ、未来を感じて行きたい学窓になるハズ。

学科リニューアル・認可には、各国の技能教科テキストを含む専門図書のライブラリーや一級の実物サンプル・資料のストックが必須になります。既に、各国の教科専門書、樹種毎に貴重な大径国産原木からの研究サンプル材もしっかり集積してきました。

   

技術を伝え身体記憶に手立てとなる道具・刃物類ハード面では、工業製品は勿論、正統卓越ベテラン職による伝統工具類を揃え、実物制作記録をまとめています。木樵・杣道具も含め、一部をご紹介しました。

 物性を扱う材料学から「樹木が木材へ形を変える過程」を明らかにする「木の内科」的なケーススタディを同時に進め、抗菌抗体、治癒反応など、未知の領域を考究しています。

知らないことを、見えないものを明らかにしながら、現場で使いものになるバリバリの多能工養成設立にも寄与、参画して参ります。

 

ⓒ2020 , Kurayuki Abe

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木の総合学研究 2020  「木の総合学域を取り込む高等専門校、森林系大学教科の提案」「農事林業、木材加工、専門教科・学制、技能伝承、産業教育、出版物に関する総年譜」「木の総合学研究及び学域に関する提示とコンセンサス形成のためのガイダンス」

 

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