ジョイントシステム工芸木工

「おしゃぶり」と「ちぎり」 國政流相伝-1.伝統の形・江戸指物技法  木工ジョイント-11.

阿部蔵之|木とジョイントの専門家

「おしゃぶり」「契り」江戸指物のジョイントテクノロジー

 専門用語が変わると、本来の意味や仕事も変質してきます。本来、伝統接合技術は相伝、体で覚えて継承されてきましたが時間が経つにつれて技法上の間違いや、おかしいところが出てきていますので、先代からの伝承や指摘を記載します。
見えない部分も手抜きせずきちんと作り込むのが江戸指物の基本でした。わずかなコツも修復作業等に活かせると思います。
明治以来、出版された文献・イラストには間違いがみられ、実際の仕事を知らないと後からガタガタになります。(「球形アレイ型」という呼び名の本がありますが、先端部が正円では、十分な引き寄せが出来ません。欧米のものを引用した間違いです。)細かなテクニックのひとつですが、表に出ない部分の仕事は目立たず、ほとんど記録されませんので、失われる前に國政流の実物を掲載します。
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 普段は、外に出ない額縁裏など留め部分、板矧ぎなどの接合用。部材を引き寄せてつなぐためのコネクタージョイントです。誤用も指摘する人がいなくなり、本に印刷されると誤りでなくなり教科書に居座ります。因みに「指物」サシモノと読める人もまれ、組手・楔・契りを使う仕事もなくなりかけています。「留め」を締める様に効かすおしゃぶり形の接合材。
・寸法:60 x 14 x 17 ( 12)mm  堅木(楢)一寸五分の芯間隔

部材端から7分(21mm)ほど内側にドリル穴をあけ埋め込み緊結 芯位置を接近し、短くすると加工材の割れ・欠損が起きるのでいきなり彫り込まず、別に伴木で打ち込み、嵌合を確かめること。 深さは、原則として材厚の約半分。溝穴には、引き寄せるためわずかにチリ(テーパー)をつける。

両端部は、正円でなく長楕円に成型しないと引き寄せが働かない。接着材とともに打ち込んで完全に埋込み終わると緊結。残余部分を鉋がけすると隙間なく埋まり綺麗に仕上がる。
・型木は、一寸五分の芯位置に釘先埋め込み
・外形はコンパスで正円を引き、わずか長楕円形に整形
・軸:2分(「小」は芯間一寸二分 軸:2分- 0.5 mm程度)
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原則として下穴は板厚の約半分。引き寄せるために斜めチリをとる。
 名称の由来を知り誤用も指摘する人がいなくなりました。本に印刷されると誤りでなくなり教科書に居座ります。現在では技術訓練校の教本にも載っていません。因みに「指物」サシモノと読める人もすくなく、使う仕事もなくなりかけています。現在、このジョイントを手製して家具用に使うのは親方筋を持つ、工房悠 杉山裕次郎がいます。教科本の説明図は円形で、すべて誤りです。これでは、打ち込み引き寄せることができません。

フレーミング・額縁の引き締め緊結ジョイント  突きつけ・留め用に

「おしゃぶり」を造り置きしておくと、複雑な仕事の代わりに直ぐつかえる固着構造ができます。
突きつけ矧ぎでも留めでも有効な安上がりの技法です。20180520ABE
絶滅仕事ではありませんが、材寸法の制約や接着材やジョイント金具がつけられない時にも有用ですので、作り置きしておけば臨機応変。木工家具製作の基本工作の一つです。
「おしゃぶり」は、赤ちゃんにしゃぶらせる乳首形の育児用具ですが、昔は木、今はゴム・プラスチック製です。

「ちぎり・契り」木のジョイントについて

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「契・ちぎり」は、二つのものが一つに結合する、接し合わせる意味で、木工では、板材の接合に使われる逆向き台形をつないだ形の木片を埋め込む工法です。蝶の羽根をイメージして蝶楔という場合もありますので「楔」を切るという表現も使います。接合構造により呼び方も変わり「契り」は、二つの部材を連結するための成形した部材を嵌め込むことの総称です。

天板・甲板材の収縮変化に耐える接合部は雇核、ビスケットジョイント・本核で納め、更に契りを3分以上の深さで引き勾配をつける。単なる化粧ではないのです。天板の動きを吸収する板枘や反り止めコマなどの裏面も重要な加工納まり。

契り留め2 例

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・ウダイカンバ ユニット小箱 140 x 265 x 120H ,    契り:Black Walnut   Bau工房大門 嚴  作 2000
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・Pear Wood Stand   102 x 102 x 100H   契り:Black Ebony     Pierluigi Ghianda 作1991
 「おしゃぶり」の先端円形を角型にした継手に使う工法をチギリ「衽」「千切」と書き、「榺」(縦糸巻きの形)の当字もあります。嘗ては、「契り」は、「楔」と異形同語で使用個所で異なる工法だったのが、言い替えられ「契」となっていたと伝承されてきました。門柱と扉とを接合するには、蝶番・壺金具を必ず必要となり、接合することを「契」といったところからの語源のようです。
大工仕事と家具職の世界で規定されない自由な呼び方でした。そう言えば、従前、学者の先生が取材にきて組手・継手名称を全国的に統一・標準化するというトンデモがおこりましたので書きとどめ。親方筋で言葉が違うものですが、学校の知識は身につけると危ない。
契りAncient Butterfly Clump-2

・エジプト時代の契り継ぎ AQ参考作画

 蝶楔の原型、引き寄せ締めるテーパー部分が直線でなく緩いカーブ、当時の手工具丸鑿加工で刻み側面はR、家具用。時代を経て現代の直裁な形に楔型に変化し、蝶形・Butterfly締め具から鳩の尾形キー・Dovetail Key継ぎに。形は進化し、呼び方は移りますがジョイント技術の歴史は、脈々と続きます。

Scarf Joint with Butterfly Clamp
The Petrie Collection, University College, London
S:ANCIENT EGYPTIAN FURNITURE  Vol.I  by GeoffreyP.Killen 1980
Aris & Phikkips Ltd. ISBN 0-85668-095-8
契り・木口化粧契り 民芸 黒田辰秋の木工作品実測
 京大北門前の進々堂パン喫茶ホールにある黒田辰秋作「拭漆楢テーブル・ベンチ」(昭和6年作)甲板四枚矧ぎの木口に契りが嵌め込まれています。天板矧ぎは雇い核入りに木口化粧契り埋木(二分厚・鼓形)でした。
契り 黒田辰秋作進々堂楢拭漆テーブル  

 ワークトップに契りをいれると9ヶ所となり装飾的で目立ち、店舗用で掃除などで表面摩耗が激しいための処理です。木口埋木に使うのは類例なく、この楢厚板の木口に「雇核」(やといさね)が露われると不細工になるため化粧契りを3ヶ所嵌め込んだ見栄え重視の意匠。54mm厚板の楢無垢材を幅矧ぎして頑丈なテーブルと42mm厚板のベンチのセットは、従来の木工作品では考えられないカテゴリーでした。当時の民芸家具運動の潮流のなかで制作されたニュースタイルですが、現在でもなお魅力的な姿で使い続けられています。 

百万遍へ行く度に巨匠の作品にふれ、幸運にも剥がれおちた時に居合わせ、構造内部がわかりました。厚いソリッド材を四枚矧ぐには、雇い核をしっかり入れて接合強度を上げ、更に木口に契りを打つ。大胆なあしらいでしたが、深さが足りず、長年の店舗使用により無垢材の伸縮と糊切れで脱落しています。実際に制作シタノは、下職の別人です。

契り・楔は、埋木ではない

木口化粧で嵌め込んだものですが、2分厚では彫り込みが浅く、接着しても跳びます。此の作品は木口にいれていますが、嵌合強度や材の収縮を考慮していないので、天板母材の乾燥収縮で浮き、振動で動き、やがて外れる。

「契り・楔」を知らない人が文化財を痛めます。)テーブル甲板と脚接合の蟻型も内部は平枘で両端部は化粧蟻型埋木で同様に飛んでいます。剥がれていたのは2 台でお店の許可をいただき早速実測させてもらい記録しました(1976年6月)。壊れた時に手仕事の本質が露わになります。

(現在では埋木部分を拡げて修理、当初の緻密な印象が少し野暮な感じになりました。本来の仕事を知らない人がいじってはなりません。)

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・進々堂パンホール 京都市左京区北白川追分町88
 現在、契りは甲板の矧ぎに使われ(中心に核(サネ)入りからビスケットジョイナーで電動工具加工併用に替わり)装飾性を加味した彫り込み仕上げの用途が目立ちます。量産木工製品には、見えないところは、タッカーや接着材、更には接着テープで簡略、ますます木のジョイントは短命工法になりました。
* 「ちぎり」p.60 「衽」・千切の形に「天・地・人」三図あり。挽込みを「衽留」と記載、当て字にご注意。「日本建築辞彙」中村達太郎 丸善、明治39年
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木の総合学研究2014  「木のジョイント」「おしゃぶり・ちぎり」「修復・保存技術」

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