「木」と祭り「木」と遊び伝統文化工芸

路上の「タルチュム」李朝木彫民族仮面売り1970

阿部蔵之|木とジョイントの専門家

伝統民族芸能の仮面舞 面打師が路上で直売り、実演・客寄せはまだ思いつかないころ

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 伝統芸能として古代から継承されてきた仮面の意匠は、独自の雰囲気があり地域でいろいろな顔型があります。当時は、コレクターや収蔵・展示施設もなく、伝統工芸再評価がおきるとは想像出来ない戒厳令下の社会情勢、復興経済時にインテリア用に買う余裕人は少なく、また、価格も伝統彫刻作品ですので手間賃はそれなりです。実装用は紐穴をあけますが、これは壁掛け用の糸を頭につけています。彫り鑿あたりは勢いがあり、安直な土産品ではありませんでした。(作者など記録不明。)
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・255W x 276 x 110H mm   395g
 面打師が村々の行事祭りに合わせて売り歩く姿も戦後はなくなり、生活文化の西洋化で民具や古い造形品は急速に姿を変え、路上モノ売りが禁止されはじめてきた時代。生き延びるために地方農村部から都市へ出稼ぎに中央駅に降り立つひとも多く、近くの青果市場では、深夜になると林檎木箱の木毛に頭をつっこんでごろ寝する姿がありました。冬の朝に二度と動かない光景は仮面とともに厳しい戦後の世相と重なります。
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ソウル中央駅 1970年8月の駅前広場

仮面文化のルーツ

 並べている面の意匠はおどけた表情のものなど八つ。材質は、朝鮮赤松、鼻と耳は東南アジアから輸入されていたアガチス材で柔らかで彫りやすい。鼻・耳をソフトな南洋材にしたので軽快な感じがします。素材が変わると雰囲気も少しモダーンに変わりますね。木地素彫りで顔料着彩、3−4日の手仕事。価格は@ 3,000- ウオンほどでした。尋ねると面打ちの注文仕事がなく、ソウルへでて室内装飾として売るつもりで制作、人通りの多い路上に並べていました。韓国は美容整形が日常的で盛んですが、人相・骨相を読み、綺麗に整形する文化がこの民族芸能仮面とも通底していると感じることがあります。古代の伎楽面は、日本へ伝来し現在でも古式舞踊に伝承されていますが、ルーツは半島渡来。 日本の能面とは異次元の世界です  

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韓国紙幣+1 wonアルミ貨 1970

私の初任給10万ウオン 当時のインフレ抑制政策で500 ウオン札が最高額。給料袋は、1糎の札束で、ウオンは海外持ち出し禁止。持ち込みドル出国時残金申告制、両替不能でしたのでサラリーを使い切るしかありません。戦争後経済復興期は、闇ドル市場の世界でした。2年間、残ったお金はこれだけ。

作り手と商い 作家とサッカク

 戦後の日本でも指物職人が座卓を背負い、家々を売り歩く姿がありました。居職は、注文がなくなれば工房を出て売らねばなりません。「クラフトフェアまつもと」は、展示・交流を目的に作家的職人が表に出る機会でしたが、独立・自由工芸作家は孤立のリスクがつきまとい、寄り添えば組織に拘束され制約をうけることに。
商人的資質があると下職に作らせてデザイン作品と名前を飛ばし商いを拡げます。腕のよい職人は会社を大きくするのは出来ないともいいます。
 因みに、売れなければ生活出来ないのでどうしても流行モノを狙う傾向が年々強くなりました。本や雑誌に頻繁にでると、それが売れ筋になってしまい、どこかで見たような類型が多くなり、修練を重ねたオリジナル作品が少なくなっています。

私が作ったコトにして売るガイチュウ工芸作家の出現

デザイン図面をだし、外注先を訪れ「私が造ったことにしてしてもらいたい」と言われて、造らされる方は黙ってはいないのです。演技性ぺーソナリティ障害は、後から気がついても名前はすでにマスコミに乗り、注意喚起は難しく、世渡りジョウズとか商売がうまいという始末。仕入れ、ブローカー的クラフトマンが出回るようになりました。人に作らせて実作を装い、モデルを模倣すると「サッカク」に陥ります。独創は、アッレンジ・パクリ・コピーからは生まれません。指摘する人がいないと、似たモノ紛い物がはこびります。

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木の総合学研究 2014 – 2019  「木の工芸・仮面彫刻」

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