「木」の道具・工具木工

スタンダード下端定規・有明型 1889 ハンドツールコネクション

阿部蔵之|木とジョイントの専門家

専用自作道具は、職種・機能、腕前、思い入れや来歴を語ります。使い込まれた定規は、制作者の資質や仕事ぶりを彷彿させるとともに、技量のみならず、仕事塲の様子まで読み取ることができ、後継へのテクニカルメッセージとなります。

打ち刃物は使い回しで残りますが、治具・定規類は焚きつけにされ、ほとんど収蔵記録に残らないマイナーなハンドツールですので、ゴミにされずに無傷の姿を見ることは少なく、使い方が分からずに燃やされてしまうことが多い。

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 建具職人の下端定規、完成形

仕様:檜四方柾 49 H x 22w x 517L mm    206g (元寸 52 x 24 x 520mm)
 使い込まれた下端定規ですが、大工職の道具ではありません。定規木口面は、柾半割りではなくシンメトリーです。つまり、4尺ほどの四方柾直材を真ん中で切り、二枚抱き合わせ。この下端定規の長さ(517mm)は、長台鉋の寸法を超えており、手油のやけ・角の擦減り方は、屋根下の居職仕事場で台鉋の使用頻度が高かったことを物語ります。
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口先近くの墨付け(二つ墨丸印し)は、枘寸法か何かのマーキングですが、定規に寸法線を入れるのは常用の「当たり墨」で極細線墨付けが残っています。(目に付くよほど大事な墨付けで、定規に描き込むほどだった。)長台鉋用の長い下端定規は、普通の大工仕事では不要ですから。制作にあたっては、定規に適した柾材を短尺でストックし、長期自然乾燥、十分寝かせてから半割して合わせダボ接合し面取り。
四方柾の檜長尺材が身近にある職種は、指物ではなく、外形の変色・損耗部を合わせて判断すると居職の建具職用ということになります。出職・大工職用では、長さも短く、現場使いで傷・変形が多くあり。保管する際はプロテクター袴材を着けます。
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内側墨書:「明治貳拾貳年六月辰日 長野縣南安曇郡有明村嵩下耕地 手塚韻吉用」 1889年
定規の角が擦り減る程使い込まれ、手汗油の染み込み時間の経過を感じさせます。台直しが素速く円滑にできるように、いろいろと工夫をしており、鉋削り仕事が多かった練達の職人であったことがうかがい知れます。126年目のデビュー。

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下端定規の特徴・完成度をみる

手掛け口の抉り唇形の指係りがよく、尻には、片方に爪溝を入れ、締まりを解除し開きやすく、更に後の嵌合ダボ径を一廻り小さく(9mm → 6mm)、穴位置を一分(3mm)下方へズラシ、口開け時の「こじり」抵抗を軽くしています。(約0.5 度の軸移動、ダボ穴 芯間隔一尺)定規面は一分(3mm)幅、隙合わせ受け側を二分5厘(8mm)に広くしているので、合わせ精度を診るときに安定します。
(実測寸法は、収縮や汚れ・凹み、削り直し痩せを考慮)ノギスで精密計測すると、計算された微妙な寸法構成でした。
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 シンプルな構造ですが、様々な工夫が観られる完成度が高い、木工産業技術が発展した明治時代中期の貴重な木工技術文化遺産です。前述の堅木「雲州型」に比べると、檜材で耐久性下がりますが、造り易く使い勝手がよく機能的です。こういう道具は、親方の傍で見て実際の技能を覚え身につけるものでした。
先達・親方がいなくなり、実物を知らず、ネットで画像を覗くと分かった気になっているのでは、伝承力は心もとない。形だけ真似しても意味がありません。
 檜柾材のダボ貫通嵌合は動きやすく、痩せガタつきを抑えるには、堅木ならば片側は留め穴が望ましい。送り蟻ならばベスト。下端定規にガタがくるまで使う、鉋削り物が沢山あった時代の標準型です。
「下端定規」は、メーカーが造るものではなく自作。買うモノではありません。明治後期の文献では「割り定木」という記述があります。
※ 所蔵:柏木工房 柏木 圭
この古い道具を骨董市で見つけ出してきた木工作家の鑑識力もまたピカイチです。
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木の総合学研究 2015 – 2019  「木工道具」「木の定規」「ダボジョイント」

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